長崎県 龍宮住吉本宮 団体参拝

 例年のように今年の10月も14日金曜から16日日曜まで、長崎県西彼町にある生長の家総本山、龍宮住吉本宮に、大阪教区の信徒の方達と共に団体参拝練成会に行って参りました。天気予報では雨が心配されましたが、雨は、結構激しい土砂降りではあったのですが、私たちが大拝殿(此処では顕斎殿と言う)の中で講師の先生のお話を聴いている間に降り出したかと思うと、その内に止んでしまうと言った具合で、雨によって予定を変更しなければならないことは、私が参加した後期日程ではありませんでした。

 団体参拝の醍醐味は先ずは献労の行事です。広い境内地の中のほんの一部ですが、グループに分かれて草取りを行いました。私たちが就寝する間にもよく雨が降っていましたので、土が柔らかく、為に鎌などは用いず、ピッキングで草を根ごと抜き取ることができました。更なる団体参拝の醍醐味は、早朝の5時から境内地の中の一番高い山に参加者全員が登って、夜が明け、真っ暗な空が白み始める頃に、その頂上にある、創始者、谷口雅春大聖師や、二代目総裁、谷口清超大聖師の奥津城(お墓)を参拝させていただくことです。そして両先生方に感謝を込めて、聖経を一斉にあげさせていただくことです。

今回の練成会では、清超大聖師のご著書、「正法眼蔵を読む」中巻(日本教文社発行)の「行持(ぎょうじ)の巻」の章を引用され、総本山総務の楠本先生が、命を賭ける程に真剣なる信仰の「行」を続ける大切さをお教え下さったのが、特に目から鱗が落ちる程に圧巻だったと感じたところです。そこに書かれていたのは、禅宗二祖と言われる慧可大師が、初祖達磨大師に法門を開き給えと、夜を徹して雪空の下に立って師を待つのだが、師から小徳、小智、軽心、慢心をもって仏法を得んとするも無駄、と言われてしまい、それではと師の前で刀物を以て臂を断って求道の誠を示したことで、師の継承者と認められた、という逸話です。

このように考えますと、私は生長の家に入信して早21年にもなりますが、ただ年数をいくら重ねても、真剣に行を行っていなければ、それが何だ?ということで、どれだけ神様を、神意を、実生活に顕しているのかと言えば、ただただ恥じ入るばかりです。このように反省ができるのも、年に一度でも、団体参拝練成会に参加する意義があるというものです。