時はうつり行く

現在美原東ロイヤルの第二期造成工事を進めるのは、松原市の造園屋さん、S園さんと、建設業者、K商店さんの共同チームですが、いずれも霊園の造成工事をお願いするのは初めてです。その前の第一期工事はHT社さんに、その前の美原ロイヤルの造成工事はD建設さんにお願いしていました。ここで言っておかなければならないのは、このように業者さんが次々と変わったのは決して以前の業者さんの工事や見積りに問題があった訳ではありません。それどころか、私はその業者さんにやっていただいたからこそ、あのようにお客様に喜んでもらえる霊園になったのだと今も確信していますし、だからこそD建設様にもHT社様にも、私は正直大変感謝しています。それなのになぜ時がうつり行くにつれ業者さんが変わったのか、その訳について、少しお話ししたいと思います。

 一般的には、人間は様々な体験を振り返り、成功事例、失敗事例に分類し、成功事例は何度も繰り返したいが、失敗事例の方は繰り返したくないと思うもの。私もそうですが、歴史小説やノンフイクションものを読むのが好きな人は、自分自身の体験に加え、歴史上の登場人物の体験までも、自分の頭の中のデータベースに彼らの体験までも書き加えることで、将来起こりうる自分の失敗の可能性を、少しでも摘み取ろうとするものです。その結果、人間は歳を重ねるとともにどうしても保守的になる傾向があります。
そんな人が事業体のトップとなって、若い世代の意見には耳を傾けず、自分の成功事例ばかりを人に押し付け、それが何十年前の昔のことであっても、まだその総てが今の時代にも通用するような錯覚に陥って、時代錯誤な意思決定をしてしまう、・・・それは未来に向かって生き続けなければならない事業体にとっては、とても不幸なことだと思い、私自身そうならないように常に次の時代に目の焦点を据えなければ、と自戒しています。私は幸いにも日頃仕事上で話し合う相手は、私より10年、20年、30年も若い人たちです。

霊園の形態も、お墓の形態も、時代とともに、まだまだこれからも移り変わって行くことでしょう。今私たちが、「お墓」という言葉でイメージする御影石の三段墓のスタイルですら、まだ幕末の頃から始まったに過ぎません。それまでは伝統的なスタイルは五輪塔だったし、あるいは石を板の様に削り、霊碑(れいはい)に似せて作ったお墓でありました。私は美原東ロイヤルの第二期の基本設計に当たり、現代人が現代の霊園に求めたいものを出来る限り取り上げ、私なりに形にしたつもりです。どうか完成を楽しみにしてください。