序章(廃業の決断)その10


(写真は筆者の前の会社の事務所があった今の大阪市西区の風景)

平成五年七月の俊平、龍平親子が、堺公証人役場から四つ橋の事務所に帰ったときに話を戻そう。
トイレから野須川寝具産業の事務所に龍平が戻って来ると、仕事の相棒である池田祐介が出迎えた。
祐介は龍平より八歳年下だ。野須川寝具が訪販事業の拡大で大々的に人材募集をしていた昭和五十三年に、応募してきた数十名の大学出の中で、今唯一人残っている人間である。入社すると同時に南関東販社に赴任し事務官をしていたが、同社が整理されると大阪本社に戻され、その後はずっと大阪にいて京都八幡市の工場の生産を管理する仕事に従事してきた。
「お疲れ様、会長は今日は疲れたと言ってそのまま退社されました、長村さんもそれじゃ私も失礼しますと帰られ、水野君には今、社会保険事務所に行ってもらっています」と祐介。
事務所は四つ橋筋に面した細長い長方形の十坪くらいの部屋だった。
そこに龍平と池田祐介の二人きりだ。
水野は女子事務員だ。寝具事業部があった頃から彼女も一人残って勤務している。長村は昔財務を担当


する専務であったが、定年後は無給で良いから、会長のお手伝いがしたいと言うのを、俊平が許可したことから毎日自由に出勤している。
「池田君、留守中は何も無かった?」
「ええ、別に何も、・・・それよりいよいよ桜台西から同意書がいただける訳ですか?」
「それが逆になった、区長は今日、丹比自治会が先に同意書を出すのがその条件だと言い出したのだ」
龍平の返事に驚き、祐介は嘆息して言った。
「えっ、それではまだまだ時間がかかりますよね、丹比自治会は出したくても出せないんですから」
「しかしそれも時間が解決するだろう」
「それなら早く解決してほしいですね、・・・話は変わりますけれど」
「うん?」
「今誰もいないので聞きますが、来月の工場の仕事はあるのでしょうか?」
「大丈夫、来月は高崎の門田商店の仕事があるよ、だが再来月となると・・・」
「門田商店、名古屋の中村商事の先に直接行くのですね」
「仕方ないだろ、その中村商事は今はないのだから」
カシオペア販売店が和議返済のノルマに追われ、それに疲れて空中分解するように消えた昭和六十一年三月以降、会社新代表になった龍平に率いられた従業員二十名余りの野須川寝具産業が、八幡の工場を使って製造卸に戻った後の長い取引先だった名古屋の中村商事は、次第に信用不安となり、龍平は撤退しようとしたが、会長の俊平が逆に取引増加を命じた後でいきなり倒産した。四ヶ月前のことだ。


「私たちがあんなに反対したのに・・・、会長が他の得意先との取引はよいから、特許敷布団を集中的に扱ってくれる中村商事に、どんどん商品を売れと言った矢先の倒産劇ですからね」
「今更言っても仕方ないだろう」
「会長は自分が言い出したものだから、社長の責任にはしないで、なみはや銀行に頼んで割ってもらっていた中村商事の手形を買い戻すのに、黙って二千万円を出されました」
「僕に出せと言われてもできないね、知っての通り、借金返済に追われる身だから」
「いまその借金はいくらの残になったのか、聞いても良いですか?」
「五年前の暮れに、溜まりに溜まった原材料の買掛金を年末に払ってしまいたくて、会長に内緒で東京新宿の現金問屋に借りたのは二千万円だったね、現金問屋の社長の本性は知っての通り、兵庫県の暴力団に籍をおくヤクザで、その金利の高さに驚いて、慌ててカード会社やサラ金で借り換えたけれど、会社の滞留在庫の換金で減らして来ただけだから、まだ六百五十万円残っている」
「えっ、まだそんなに! 会長に謝った上で、会社の負債に計上してもらえないのでしょうか?」
「馬鹿言え、それに加えて僕らは毎月毎月どれだけの売上入金を抜いては、会長に内緒で仕入代金を払って来たのだ。それも七年間もだ」
「・・・」
「会長を、お父さんを、七年間騙してましたと白状してみろ、僕は間違いなく会社を首だし、親父と同居している家だって追い出されるだろう、何の蓄えもない僕の家族は、路頭に迷い、カード会社やサラ金の取り立てに追い回された挙げ句に一家心中だ!」


「それは心配し過ぎでは? だって社長がおられたからこそ、カシオペアが無くなった昭和六十一年から今日までの八年間、会社がここまで持ってきたのは、会長だって分かってますよ!」
龍平は首を振って話を続けた。
「僕が南関東販社に一億の穴を開けた時、親父さんは、息子がしたことだからと、五千万円を南関東販社に弁償した人なんだ」
「よく覚えています」
「それくらい自分に厳しい人なんだよ、心の中では僕らに同情しても、行動には事業家としての冷徹さが出る人なのだ」
「では、どうしたら社長は会長と和解ができるのでしょう?」
「絶望的なのかもしれない、僕の七年間やってきたことは天も知ることなんだから」
「それは会社を信用して下さった業者の方々を裏切れなかったからです、それももとはと言えば、ワンマンな会長が事情も分からないのに支払いを止めたからです」
カシオペア南関東販社の売掛金問題から亀裂が入った父と子だった。
それが十五年も経った今になっても、まだ和解ができないとは。今度は龍平の方が和解を妨げる原因を作っていたからである。
正直に打ち明け、心から自分が勝手なことをしましたと、私が悪かったと、どれだけ龍平は父親に謝りたかったか。
しかしそれをすれば仕事は続けられず、家族の生活も脅かされる事態になることを龍平は恐れていた。