第五章(和議倒産) その13

(筆者が経営する第二霊園(羽曳野市)の、モデルさんを使った販促用イメージ写真)

有働部隊七十名は、有働が俊平や龍平に会った翌週の木曜日、桜が舞い散る権太坂の横浜店に集結する。有働たちは十三日月曜日から営業開始を目標においていた。営業車輌は既に前月末に千葉店から、浜松町店から集結し、不足分は大阪の大東に集められた廃店の車輌が運ばれる。
横浜店の建物は老朽化が進む木造建築で、七十名全員が二階に上がると、床が抜けそうだった。
いずれにせよ、久しぶりに賑わいを取り戻した横浜店だ。

十四日火曜の朝、会長室で執務する俊平に、名古屋店(西日本統括部)の廣川部長から電話が入る。
「会長、横浜店に、ミツバチ・マーヤ新宿本部のウドちゃんが入ったのかい。しかも七十名もの大部隊を連れて」
「廣川君は、新宿の有働健一君をよく知っているのだね」
「そりゃそうさ。向こうで同じ課長だったからね。彼は頼りになるって。ミツバチ・マーヤで、ピカイチの誠実な幹部社員だね。会長は運強いね。それよりも僕が電話したのは、そのことじゃなくて、以前の横浜店の連中はどこへ行ったのさ」
「君には言ってなかったが、浜松町店、横浜店、千葉店のセールス全員、前月末で辞めたのだよ。谷川君のニュー渋谷店と比べられ、自信が無くなったと言ってね」
「まさか、何をしているんだよ、会長。そんな理由で、東京の六十名ものセールスを辞めさせるなんて。どうかしてるぜ。うーん、やっぱりな、遠藤会長の計略にまんまとハメられたぜ」
「どういうことだ、廣川君」
「それこそ、ミツバチ・マーヤ遠藤会長が愛弟子の谷川軍団を、半年前にカシオペアに転職させた目的なのかもしれないよ。先ほど、こちらに向こうの社員が訪ねて来て言ったのさ。野須川寝具の本体は大赤字なのだから、いつまで持つだろうかって。カシオペアの社員さんに悪いことは言わない、一刻も早く辞めた方が良いと。実はカシオペア東京三店にいた社員さんも、見切りを付けて今ミツバチ・マーヤに来ていると。カシオペア西日本の皆様の就職も、ボスの遠藤が相談に乗りますよ、とまで言ったのですよ。そんな話は信じませんがね、でも事実のところもあったんだね」

「まさか、うむ、何ということだ。それで君は相手に何と答えた」
「相手にせず、追い返しましたよ。だけど寝具や毛布の製造卸部門は、まさか赤字経営ではないでしょうね。谷川さんたちは目的を果たしたのだから、渋谷店を放り出し、そろそろ元いた場所に戻るかもしれませんよ。余計なことをお耳に入れたかもしれませんが、そうならないことを祈っています」と言って廣川は電話を切った。
俊平は顔色を変え、統括事業部の階に上がって、「渋谷店に何か変わったことはないか」と尋ねた。
俊平に声をかけられた男性事務官は頭を下げ、ばつが悪そうに小声になる。
「会長、すみません。朝から渋谷店に何度電話を架けても、誰も出ないのです」
「何故それを先に報告に来なかったのだ」
「最初は、向こうの事務官が銀行などに出かけて、たまたま誰もいないのかと思ったものですから」
「馬鹿野郎」
すぐに大阪から谷川がいるニュー渋谷店に統轄事業部の事務官が派遣される。店の中は整然と片付いていた。ただセールスも事務官も人は誰もいない。預金通帳、印鑑、信販契約書の控えファイル、商品の在庫帳、経費台帳などもきちんと保管され、記載漏れも無かった。商品はダンボールに詰められ、本社に返送する準備まで整えられていた。商品の不足も、営業車両の盗難も無い。
同時に大阪駅前店の幹部もいなくなった。売れるセールスがいない店なので、俊平は渋谷と共に同店の閉店を決意した。
彼らがどこに行ったのかが分かるには、そう時間が掛からなかった。なんと彼らは目と鼻の先の、歩い

て五分くらいの距離にある、同じ街のビルに引越ししたのだった。
これは後日談だが、遠藤会長はやはりこの谷川よりは遙かにしたたかだった。カシオペアから移った営業も含め、大部隊に膨れあがった谷川部隊には、渋谷のビルを借りてやったが、ミツバチ・マーヤ社には再入社させず、ミツバチ・ハニーという別法人を立ち上げ、谷川を社長にする。一旦辞めた人間は、遠藤は非情にも容赦なく分離した。数年後、龍平が気がつくと、谷川の会社は消えていた。
俊平は遠藤会長を怨みたくても恨めなかった。それはそうである。今回の様なことを俊平のほうが何度もして来た。だから自業自得と思うより他なかった。
渋谷店が無くなって、横浜店が代わって復活しただけで、東日本の販売店の売上は、そう変わるものではない。俊平は、流石に谷川部隊が東京のセールスを辞めさせた後に自ら辞めたことも、代わりに有働部隊が入って来たことも、なみはや銀行以外には、世間に自慢も報告も出来ずにいた。

世間に報告できないことと言えば、八幡工場に掛けた利益保険もそうだ。
利益保険は順調に入金してきたが、俊平は八幡工場の重寝具製造部には、そんな保険は掛けてなかったことにして赤字のままで決算させる。
利益保険は総て井川の寝装事業部の粉飾を消すために利用した。また寝装事業部の粉飾によっての不足する資金は、重寝具製造部の木綿の製綿機の買い換えの為に、貰った火災保険の金をそのまま回した。
木綿の製綿機が以後要らないというのも、渋谷の谷川部隊の退社と関係している。
訪販部隊で木綿を詰める和布団の扱いはとっくの昔に中止していたが、半年前、四十名の精鋭部隊を

引き連れ、ミツバチ・マーヤから入って来た谷川のたっての頼みで、和布団の製造が復活した。その谷川部隊がいなくなったのだから、俊平は和布団の製造装置は要らないと判断する。
これで利益保険の最後の入金が入る八月には、寝装事業部の決算は、何事も無かったように正常に戻ることだろう。

四月二十日には、大阪市住宅供給公社との間で鶴見区の寝具工場の売買契約が締結された。
問題はその受渡時期、即ち立ち退き期限だ。
公社は機械設備などの移転期間を野須川寝具寝装事業部と話し合いで決めようとした。
公社の希望は六月末だったが、それでは京都山本の生産に支障が出ると井川専務が反対し、七月末までの猶予が与えられた。
つまり、売買代金が入金するのは八月月初だ。
なみはや銀行を筆頭とする、本工場財団(工場財団は、担保などを付ける為に、工場敷地、工場建物、生産設備をひとまとめに編成したもの)に抵当権(担保)を付けていた銀行団は、公社が代金を支払うと同時に、それぞれの抵当額満額の返済を受けることになって、抵当権を解除することになる。
ここでなみはや銀行は、二億円を上限に八幡への生産設備の移転費用を先行して融資すると申し出た。
それを受け、八幡工場では鶴見の合繊製綿プラントを容れる建物の建築が始まる。
それと同時に徐々にではあるが、京都山本向けの肌布団、コタツ布団生産部隊の、八幡への移動が始まった。

一方、野須川寝具の二大守護神である帝都紡績と毛布事業部との関係だが、三月末の合意文書調印以来、まったく白けてしまって、中でも帝都紡績に至っては、残務整理の仕事以外、毛布の新しい加工指図を余り出さなくなった。よって忠岡工場の稼働率は五十パーセントに落ち込む。
俊平は謹慎中の坂本を呼び出し、二百名いた忠岡工場の従業員半分の整理に踏み切らせた。
但し高度の起毛技術者、高度の染色技術者は辞めさせるなと釘を刺す。

風薫る五月になっても、帝都紡績の態度は変わらない。こうなると野須川寝具側でも、三月の帝都紡績となみはや銀行との協議妥結が、双方の納得が行く合意ではなかった、と気づきだした。
野須川寝具が知りえるのは、両社の合意文書にある内容だけであって、その時、双方からどんな会話がなされたのかなどは知る由もない。
その時の対談の一部を再現するなら、
「それじゃ、野須川寝具への毛布の発注は、今後どうなっても構わないと、御行は言われるのですね」と帝都紡績側が発言すると、
なみはや銀行からも「もう馬鹿馬鹿しくて、あの無責任な日章帝紡合繊への毛布生産なんて、野須川寝具には今すぐ止めさせたいくらいですよ」などと返してしまう。
すると帝都紡績に「そうしたいのなら、今すぐそうしたらどうです」とまで言わせた。
とてもじゃないが、これでは帝都紡績となみはや銀行が協力し合い、潰れそうな野須川寝具産業を支援

しようなどという気持ちになれる筈がない。
まるで両者が怒りの感情に任せ、これまでの絆を壊してしまったようだ。
だが、そうではなかった。帝都紡績側も、野須川寝具側も気づかなかったが、これは正に、したたかな山村頭取の作戦通りの仕掛けだった。と言うよりも事実上の宣戦布告だった。
実は、山村頭取はその会議前から、極秘に忠岡工場を含む毛布事業部の売却先を探させていた。
ようやく売却先が見つかったのは、五月になってからだ。
泉州の毛布屋で、泉州毛布産業といいう、さほど生産設備は持たないし、原料メーカーも決めないが、下請け企業を動かし、大阪の太平洋商事と組むその販売力は、野須川寝具に決して引けを取らなかった。つまり野須川寝具の競争相手だ。
五月の中旬となって、俊平は突然、なみはや銀行山村頭取に呼び出され、来月の受渡で、泉州毛布産業へ忠岡工場を含めて毛布事業部全部の売却を命じられた。
仰天する俊平に、山村は穏やかに語り出す。
「驚かれたでしょう。お辛いでしょう。よく分かります。私も考えて、考えて、決めたことなのです。すべて御社を潰さぬ為なのですよ」
俊平には返す言葉が見つからない。黙って俯いてしまった俊平に山村は言葉を続ける。
「もうあの坂本は使えませんしね。さりとて坂本なしで、毛布事業部はどうやって経営していくのですか。今の毛布が低迷する相場が続けば、誰がやっても赤字を増やすだけでしょう。もう毛布事業のことは忘れてしまって下さい。実はあなたにとって破格の有利な条件での売却なのです」

 

第五章 和議倒産 その⑭に続く