第九章(祈りの効用) その8

(筆者の職場のガーデニング墓地。そこでは洋式スタイルのお墓が並ぶ。後ろに六地蔵前の休憩所大屋根と関西いのり霊廟が見える。モデルさんを使って販促目的に撮影)

光明の家の光明哲学のシンパである産業人の団体、大阪府繁栄経営者会の中央支部の六月の例会がなんとか無事に終わったかと思うと、龍平はまたすぐに七月の例会の準備に入らねばならない。そういうことをしながら龍平は、大村淑子に誘われ、断れずに北支部や吹田支部の例会にも顔を出していた。
北支部には大阪府繁栄経営者会の会頭が所属していた。淑子が龍平を、化学会社の社長であった宮川会頭を紹介すると、宮川は例会が終わった後、梅田の男性向けサロンであるエステートクラブに龍平を誘い、深夜までバニーガールに酌されながら二人は懇談した。このクラブの経営者も北支部の会員だった。龍平は繁栄経営者会を通じて、次第に異業種の経営者たちと知り合って懇意になって行った。
ある月には、中央支部の例会の準備どころではない状況が巡って来た。月末に回ってくる支払いは、前月の原材料・副資材の仕入れ分である。月々の売上は一定ではなく、上下するので、支払いがしよい月と、しづらい月が交互に回って来る。
売上が足らない月は入金も少なくなるので、前月の仕入れの支払いが全部できなくなる。工場に注文した商品を引き取りに来て、その都度現金で払ってくれる城陽寝装の売上だけは相変わらず龍平は会社の売上から抜いてしまって、俊平会長に内緒の仕入れ支払いに回してきたお蔭で、会長の俊平と支払いで揉めることは概ね無かった。しかし売上そのものが急激に落ち込むと、やはり一挙に翌月末の支払いが難しくなるのだ。
龍平は日々、前月不足した売上を、当月はカバーできて、尚且つ当月末に入金になりますようにと祈った。龍平は祈るようになった。

嘗ては神頼みはしなかったが、それはしても良いことだと言われた途端に龍平は変わったのかもしれない。
しかし祈るだけでは問題は解決しない。天からお金が降って来る訳はないのだから。
こればかりは得意先の一軒一軒当たって、交渉してみなければ答えは返って来ないのである。
龍平は気が気でない。繁栄経営者会の支部事務長の仕事で時間やエネルギーを費やしている場合ではなかった。
しか奉仕活動の方も、一旦引き受けた以上は途中でなかなか投げ出せないものだった。
龍平はろくに得意先を回れぬまま、月末がどんどん近くなって行く。
そんな時だ、急に城陽寝装からの追加注文が入る。こちらから頼んだ訳ではなかった。野須川寝具に商品を注文すれば、商品と引き換えに現金払いをすることになっている城陽寝装には、龍平も相手の資金繰りに配慮して頼み辛かった。
ところが今回は城陽寝装の方から言ってきた。それがまた龍平が売上を追加したい金額にぴったり合っていた。
龍平はぞっとした。まるで龍平の代わりに神様かご先祖が動いて下さったかのようだ。
そんな非科学的なことなど、起こるはずがない。単なる偶然のことだと思って、龍平は忘れてしまった。
年末までにその年は何度もそんなことが起こった。いつも様々な先から急に入ってくる売上入金は、不思議にも、それぞれの月末に不足する金額とぴったり合致していた。
龍平は淑子にその理由(わけ)を尋ねてみた。
淑子は、そういうことはよくあるものだと言う。

他人への奉仕は、奉仕した相手からは還ってくることがなくとも、どこか別のところから、他人に与えた分だけ還ってくることがあると淑子は説明する。それが光明の家で言う心の法則のひとつなのだと。きっと龍平なら、支部のお役の奉仕活動をせずに、自分の仕事に没頭していたなら、それくらいの売上入金は作れたかもしれない。それをせずに奉仕活動に専念したのだから、天が代わりにその不足入金を作ってくれたのだと淑子は言う訳である。
そのことをイエス・キリストが、与えよ、さらば与えられん、と諭しているのだと淑子は説明した。
この言葉は同時に、人間は私のことより、公のことを優先せよと諭してもいる。
毎朝、光明の家の実相観を実習せよとの意味は、自分の煩悩で思い煩い、この現象世界でのたうち回り、蠢いている自分の心を、まったく白紙にして、神や仏がお創りになった完全円満の実在する世界にいることをイメージして、自分が創造主である神や、全世界を見回す如来様になったつもりになるという修行をすることであるから、つまりは自分の心から私心を抜いて、公の心に近づけよということでもあるのだ。
自分が公の心を持ち、周りの隣人たちと和解しているなら、自分の行く道を塞ぐ者は一切いなくなるのだと淑子は主張する。なればこの世は実相世界のように、常に自分の心のままに回り出すのだと。だから安心して中央支部の事務長として、しっかり奉仕活動をすれば良いのだと淑子は言う。
これは創始者、教祖高橋が説いた光明の家の心の法則のひとつなのだが、神の働きではなくて、総ての人間に働く一般的な法則なのだから、奉仕活動はそれが世の為の活動なら、宗教団体ではなく、ライオンズクラブで奉仕活動をしても、それと同じ効果が現れるのだと淑子は説明した。

十一月に入った。俊平の霊園開発は相も変わらずまったく進展していなかった。
関西石材の霊園開発顧問を引き受ける本田は、土地のオーナーであって、霊園事業申請宗教法人の代表役員である野須川俊平会長と、その霊園開発を手伝うことになった南大阪の圧力団体である羽曳野の黒田グループの中で、藤井寺で不動産業を営む黒田会長と共に、大阪城の前にある大阪府庁舎の中の環境衛生課を訪れていた。
本田は俊平が霊園開発に黒田グループの力を借りるのは初めから反対だった。大阪府がそのことで逆に申請を突っぱねることを恐れる。
この日も黒田が府の環境衛生課の参事に大きな声で怒鳴っていた。
「なんで許可が出せないんや。理由を言え」
「だから付近住民が同意しかねる申請については、当方も許認可を降ろすことはできないのですよ」
「儂らが言っているのは、住民の反対は横においてだな、宗教法人香川大社が自分の土地で霊園事業が出来ない理由が何かあるのかと聞いてるんだ」
「それも審査いたしますが、先ずは付近住民が嫌がっている開発申請は通せない訳で」
いつまで議論しても堂々巡りだ。本田はこれじゃ、永久に許認可は降りないと思った。
開発の許認可が降りなければ、黒田が期待している造成工事にも入れない。
ともかく墓地にならなければ、自分の手数料が関西石材から永久にもらえないのだ。
本田は黒田を外すには、この霊園開発から俊平を外すことがてっとり早いのではないかと思い出す。四ツ橋の事務所にいる息子の龍平にこれをやらせるべきではないかと。

一方、龍平は十二月の繁栄経営者会の例会の講師として誰を呼ぶかで、支部の役員を集め、府の教育会館の一階ロビーの喫茶室でミーテイングを行っていた。
一人の支部の役員が、先日宇治の練成会に参加した時に知り合った女性だが、とても良い話をするので、光明の家の講師を呼ぶのではなく、たまには一般の信徒の信仰実践の生活の体験談をしてもらおうと思うがどうだろうと提案した。それも大阪市内西区で商売をしていて、中央支部の会員に誘いたい企業家で、しかもとてもキュートな女性なんだと。
もう講話のネタも尽きた頃だったし、そんな可愛い女性なら是非見てみたいし、できれば中央支部に入れたいと、全員彼の意見に賛成した。
十二月の中央支部の例会に呼ばれたのは、宮本まりあだった。
ジーンズに白のブラウス姿で、ショートカットの彼女が演台に立った時、龍平はあっと驚く。
彼女こそ、七ヶ月前の五月の宇治練成道場での短期練成会で、龍平といつも並んで演台の真下の席を奪い合っていた女性、講師の講話に周りにお構いなしで何度も大きな声で笑っていた女性だ。
宮本まりあの話では、西区新町で会社を立ち上げたものの、なかなか仕事が入っては来ない。ある日、会社の周りに落ちている空き缶を拾ってみたいと思うようになった。そうしたら道が綺麗になって、通行人が喜んでくれるだろうと思った。
それから毎日毎日、ビニール袋が一杯になるまで空き缶を拾い集めた。すると仕事がどんどん入って来るようになった。彼女の体験談はざっとこのような話だった。
まりあの体験談が終わった後、彼女に近づきたい十名くらいの男性会員が彼女と名刺交換をした。

彼女はまだ演台から降りようとせず、貰った名刺をトランプのカードのように扱い、それをくったりもしていた。
そして中から一枚の名刺を取り出すと龍平の名を読み上げた。
「野須川龍平さん、どこにいらっしゃるの」
「はい、ここに」と龍平が席を立つと、
「あなたの職場、私の会社とすぐ近所なのね。ご近所同士、これからも宜しく」と龍平を見てにっこりと笑った。
宮本まりあがこの日、中央支部の会員の中で、名前を覚えたのは、どうやら支部長と野須川龍平の二人だけだった。
ただ五月の宇治での練成のことは、彼女はすっかり忘れているようだ。
彼女にとって、自分はそれくらいの存在だったのだと、龍平は彼女のことをそれ以上気に止めるのはよすことにした。
ところが翌週の月曜日、龍平は再び彼女に出会ってしまう。
そこは奇しくも京阪八幡の駅だった。
この日に限って、龍平は工場に車では行かず、電車で行って工場の従業員に送迎を頼んでいたのだ。
まりあはこの日、午前中は宇治の練成道場に出かけ、午後は八幡市にある得意先を訪問し、夕刻になって大阪に帰ろうと八幡の駅に来たところだった。
二人は京阪電車が淀屋橋に着くまで、つり革を並んで持ちながら、たっぷりある時間を使って、自分のことを互いに紹介しあった。

第九章 祈りの効用 その⑨に続く