第一章(家族、夫婦の絆)その18
これには谷本夫人も芦屋の親友夫人も龍平も龍平の母も驚いた。
それまで智代は笑顔で質問に答えながらも、私は〇〇が好き、とか、私が○○をしました、などとは一言も言わずに来たから、今時の若い女性にしたら大人しい性格なのかと思いきや、芯はしっかりしていて言うべきことははっきり言う女性なのだと立会人たちは再認識する。
そこで龍平は考えた。彼女の「我」を殺した他への対応、協調性の高い対応は、本来の性格なのか、それとも他人にそう見られるように計算された演出なのだろうかと。
見合いの後、二人だけでどこかに行ってらっしゃい、と勧められ、龍平は智代を電車で須磨離宮公園まで連れ回すことにした。彼女が本来の性格を隠し、猫を被っているのなら、何かのハップニングでボロが出るかもしれない。
離宮公園には一時間半もかかってしまい、その結果、入場締切時間に十五分過ぎているからと中に入れなかった。窓口の人が、遠くからいらっしゃったのに気の毒をしましたと慰める。男ならつい、畜生!とか、糞!とか、口に出してしまう場面だ。
龍平は振り返ったて智代の顔を覗き込んだ。彼女は表情一つ変えず、冷静沈着を保って笑顔で言った。
「また来ることにしましょう」と。
何と言う平静さ、太っ腹なのだ、龍平は驚く。この女性(ひと)なら、事業家を目指すからには、どんな浮き沈みがあるかもしれない人生の、最良のパートナーとなる人なのかもしれないと、龍平は智代にすっかり惚れてしまっていた。
その数日後、改めてそれぞれの親が大阪で対面し、両家の縁談はとんとん拍子に進んだ。龍平は仕事で忙しい身だったから、頻繁に智代の方から関西に来た。
龍平の方から出かけたのは、正月休みに智代の自宅を訪問したのと、日曜日を利用して一度智代と富士の駅で待ち合わせした時だ。
そうこうする内に二人の結婚式の日が決まった。翌春四月四日、大阪市内のホテルが予約される。
二人の新居として、四月から空き家になる、奈良学園前の旧居を俊平は提供した。
龍平の二人の妹は既に嫁いでいた。俊平は、親しいゴルフ仲間でもあるまほろば銀行の阪口頭取が棲んでいた菖蒲池駅前の敷地二百五十坪の旧宅を、ゴルフをしながら、マンションを買ったから、あの家いらなくなった、良かったら君買ってくれないかな、はい、分かりました、という簡単な会話で購入を決めたという噂だった。そして古い木像の家屋は取り壊し、RCで新しく邸宅を建築した。それがようやく竣工したので、三月末には俊平夫婦はあやめ池の新邸へ引越の予定である。
但し龍平と智代が棲む予定の学園前の家は、奈良市から道路拡張計画予定地に指定され、俊平は市と買収条件を詰める交渉に入っていたから、立ち退きまでの住まいではあった。
ある日、智代は龍平の仕事関係の人物名を会社毎に揚げてくれと言ってきた。自宅に電話があったりしたら、経営者の息子の妻として失礼な対応はできないから、総て頭に入れておきたいと言うのだ。
龍平は、帝都紡績の役員名、同社営業部の人の名、なみはや銀行の役員名、同行本店営業部の人の名、各取引銀行の支店長と担当者名、生地問屋の担当者名、太平洋商事編物生地製品部の部長名、同部経編生地課課長名と担当者名、船場で取引がある繊維商社の担当者名、足利産地の綿経編業者の社長名、泉大津の取引のある毛布関連事業者名、会社の出入り業者の名前など、百数十名を選んだリストを智代に渡した。数日で智代はそれを直ぐに覚えてしまい、次は龍平の学校友達のリストを出してくれと言って来る。
龍平は小学校から中学校。高校、大学の同期の学部生、大学の同期のクラブのOBたち、同ゼミ生等を、百名くらい選んだリストを渡した。その中に龍平は、同窓会の案内などで電話をしてくるかもしれない家の付近に住む小学校から中学までの女性の同窓生を数名入れておいた。
昭和五十一年四月四日、今は無いけれども、往時はその豪勢さでロイヤルホテルと一、二を競う大阪市北区のホテルで、仕事関係の数百名の出席者を集めて、野須川龍平と岩出智代の結婚式とその披露宴が開催された。
俊平が費用を持った結婚式は豪勢だったが、龍平はそう長く休みもとれず、新婚旅行は三泊四日の地味な国内旅行だった。
さて新婚旅行から奈良学園前に帰ってきた時だ。玄関の扉の鍵を開けようとしたその時、家の中で電話が鳴るのが聞こえ、慌てて中に入った。
どうせあやめ池の母親からだろうと思って、龍平は智代に電話に出るよう指示する。
「あなた、谷川淳子さんって女性の方から電話ですよ」
龍平は顔色を変えた。ようやく帰国した谷川淳子が、龍平の結婚を知って何か幼馴染みとしてお祝いの品を贈りたいと電話して来たのだ。龍平は彼女の名前だけ友達リストから削除したことを後悔するが、後の祭りだ。
結婚生活の最初のスタートから躓く龍平だった。
龍平と智代の新婚生活が始まった。
龍平は会社が大阪市内から東に外れた鶴見区茨田(まった)横堤という、往時は交通機関の無い不便な場所にあったから、学園前から毎日マイカーで通勤することになる。
智代は料理を作るのが好きで、朝から晩ご飯をオーブンを使ってつくることもあった。
ある時、残業で龍平の帰りが十時を回ったことがあった。智代は夕食には手をつけずにいた。龍平が交通事故を起こしたのかと心配で、食事が喉に通らなかったのだと智代は言った。
またある夜、夕食の後、二階のリビングで二人でテレビを観ていたときだ。龍平はテレビの番組にすっかり夢中になっていた。
ふと振り返ると、智代がいない。
トイレにもいない。まさかと思いながら、玄関を開けて外に出てみた。
真っ暗な道の真ん中に、彼女はひとりぽつんと立っていた。
「こんなところで何をしてるの?」
「私はいなくてもいいのでしょ。あなたの意識の中に、私はいないわ」
「何言ってるんだ。もしも僕が何時までも出てこなかったら、君はどうするつもりだったの?」
「その時はあやめ池まで歩いて、泊めてもらうつもりだったわ」と智代はわあっと泣き出す。
「ごめん、ごめん、僕が悪かった」
龍平は智代を愛おしく思い、思い切り強く智代を抱きしめるのだった。
第二章 個別訪問セールス その①に続く)