第十章(自分が変われば世界が変わる) その4

(小説に登場する丹南メモリアルパークのモデルである、美原ロイヤルメモリアルパークに最初に出来たガーデニング墓地コーナー。出来た当時は関西の他の霊園を驚かせた。この企画の成功を見て、関西に新しくできる霊園の殆どが、ガーデニング墓地を企画するようになる)

仕入支払を龍平の自由にさせない父親の俊平に、内緒で支払をする資金を借りる為に作った、カードローンや信販や消費者金融の借金だったが、その残高は五百五十万円くらいには減少したが、そこからは殆ど減らすことができずにいた。
もし残高を減らすことを強行するなら、毎月数百万の現金仕入れをしてくれていた城陽寝装との内緒の取引が無くなった今、金利だけでなく、本来なら会社が払うべしの返済金額も、龍平が個人で支払わねばならないからだ。
城陽寝装との取引はなくなっても、数十万円の商品を現金で買いたい先がたまに現れた時に、その金を会社の取引銀行ではない龍平が作った第二口座に入金してもらい、そこから返済や買掛金の支払いに回すことがあった。
しかし内緒の第二口座への振込を依頼する先を増やすという行為は極めて危険である。その中の一社でも、これはおかしいと税務署に垂れ込んだら一巻の終わりだからだ。
そんな危険は百も承知の龍平だったが、次々に返済に追われると、そんなことは二の次にしなければならない。返済しっぱなしの信販とカードローンの返済には龍平は頭を痛めた。その為に勢い消費者金融へと走るのだが、ある日、新規申込みに待ったがかかった。
理由は消費者金融の件数オーバーだった。その会社はアイラブ社と言った。
山富士と並ぶ大手のサラ金だが、消費者金融業者間で管理している龍平の借入データを見ながらアドバイスしてくれた。

「あなたが借りておられる金融会社の中で、百万円も出しているのは、もしや山富士さんですか」 
「そうです」と龍平が応えると
「利息はいくらですか」とまた聞いてくる。
「山富士が最低の18パーです。後は全社三割前後です」
龍平は正直に応えた。
「でしょうね。野須川さん、あなたはすごく下手な借り方をしています。一旦どこか、私らのデータに入って来ない金融機関、銀行(クレジット会社)系か、町金かですが、そのどちらかで、お借りになって、一旦この件数を減らしなさいよ。サラ金を四社にされたら うちで山富士さんと同じ十八パーで百万円お貸しできますから、その百万円で何十万しか貸さない金利の高いところ、全部消してしまいなさい。これだけ沢山あったら、返済がかなり忙しいでしょ。よく忘れずに事故なくやっておられますね。感心しました」 
龍平は思った。消費者金融業者の信用情報に入っていないカードローンの枠を取り消されて、こんなに苦労してるのじゃあないかと。
往時は銀行系(クレジット会社系)と消費者金融系とは別々に顧客の信用情報を管理していた。龍平のようにその両方から借入があるような場合、借入の全貌がどちらにも分からない状況だったのだ。  
龍平は正直に事情を説明して、顔の広い 宮本まりあに相談した。
まりあは友人で個人的に副業で金貸業を営む男を紹介し、龍平はその男から毎月3万円の返済で百万円を借りることが出来た。

その金で消費者金融の口数を減らして、 アイラブ社と交渉し、口数の条件を満たすのは、アイラブ社から借り得たら必ず実行すると約束し、百万出してもらって消費者金融の件数を山富士とアイラブ社を入れて四社にまで減少させた。
しかし借金の総額の五百五十万円は変わらない。ただ払う利息が減少しただけだ。   
これで慌ただしくサラ金のCD機にほぼ毎日急がなければならない日課からは解放されるが、信販もカードローンも、そして新たにまりあの紹介で作った借金も、残高がゼロになるまで、龍平は返済も利息も自己負担しながら、今後も生活費を切り詰めてやって行かなければならないのだ。     

一月の月末に近いある日、龍平は宮本光子講師が事務所に来ているからと宮本まりあに呼び出される。
光子講師は龍平に霊園開発を話題にして話しかけてきた。
「付近の自治会から難題をふっかけられたそうですね。それでどうされるのですか」
「私は父親に住民の声を百パーセント聞いてやるべきだと言うつもりです」
まりあが驚いて、二人の間に割って入ってきた。
「それは凄い。野須川君の戦略は損して得をとれとか」
「そんなのではありません。僕は隣接住民の気持ちが分かったから、自分の利益を忘れてでも、住民の言うことに耳を傾けて霊園を造るべきだと思っただけです」
光子講師は目を細めて龍平に応えた。
「そういう気持ちで事業者が進められたら、きっと道は開かれるでしょう。野須川君は素晴らしい」

「問題は父です。父親はどう思っているのか、僕には分かりません」
「もしもお父様と考えが違っても、今はお父様の考えに従って下さいね。それが光明の家の生き方ですからね」
龍平は溜息をついて会社に戻った。

二月に入ったある日のこと、関西石材の坂下社長は俊平に呼ばれていたが、道路が混んでいるのか、到着が遅れている。
俊平は龍平を呼んだ。
「今日は例の桜台西自治会がこちらに提案してきた丹南メモリアルパークの基本設計案を受け入れるのか、あるいは蹴るのか、皆で相談して決断しようと思っている」
「それで坂下社長を呼ばれたのですね。なかなか会長とお話しする機会がないので、こんな時になんですが、私は前々から会長にお尋ねしたかったことがあるのです」
「なんだ、言ってみろ」
「私たちの霊園開発が進んで造成工事に入れたら、坂下社長はほんとうに二十七億円の残金を払ってくれるのでしょうか」
「なんでそんなことを聞く。関西石材はその一割の契約金を払ってくれたじゃないか」
「しかし今の金融情勢は酷いものです。国会では誰がバブル経済を煽り立てたのかと、誰があんな無茶な融資をしたのかと、責任のなすりあいばかりですが、前半分を十六億で買い戻した八幡工場を例に揚げますと、今なら前も後ろも全部売っても五億円が関の山ではないでしょうか」

「バブルが弾けたから、関西石材が二十七億払えなくなったのではないかとお前は心配するのか。ははは、他の事業ならいざ知らず、こと霊園事業は別格なのだ。宅地の売価は急降下だが、墓地の分譲価格を下げた霊園はないそうだ。だからお前はつまらぬ心配をするな。おう、坂下社長がおみえだ。その話はこれで終わりだ」
坂下は「遅れましてすみません」と俊平に一礼して応接ソファに座った。
俊平は坂下に「あの桜台西の言ってきたこと、どうしましょうか」と尋ねた。
坂下は「私よりも先ずは野須川社長のご意見を伺ってみたらどうでしょう」と龍平に振ってきた。
俊平は「それじゃ、お前はどうなんだ」と龍平の方に向き直った。
「結論を申し上げますと、私はあの案を受け入れるべきだと思っています。なぜ連中が空中庭園の様な霊園に拘るのか、考えてみたのです。どんな高い塀でも、この塀の向こうにお墓が建っていて、その下にひとの遺骨が埋葬されていると思うと、それは気分が良くありません。自分が買った宅地にけちがついたと思うことでしょう。しかし七メートルも高い所なら隣の土地と言えども、印象が違います。気持ち悪さと言ってようにか、それがかなり解消されることになると思うのです。設計事務所さんは、逆に北の方は切り土にして二メートルから所によっては四メートル土を掘りましょうと言ってます。つまりそれで全体的に東西方向には緩やかな傾斜があるけれど、南北方向はほぼ水平な霊園になるのです。調べてみますと、今は全体がフラットな設計の霊園が流行っているそうです。車椅子でもお参りに行けるからです。そういうことで私は桜台西自治会の案を受け入れたいと思います」
坂下は目を輝かせた。

「龍平社長、私もお考えに賛成です。会長、清水の舞台から飛び降りたつもりで、あの案を受けてやりましょう」
俊平も実はあの案を受け入れるしかないと思っていたのだ。二人が反対しても、二人を宥めて、その方向に進めなければならないと思っていたくらいだ。
「龍平は何をごちゃごちゃ言っているのだ。そんな理屈はどうでも良いことだ。要は桜台の案に乗るか、蹴るかだけだ。理屈は要らん。ようし、坂下さん、あの案受け入れると返事しようか。それですぐに協定書を作ってくれと言いましょ」
俊平たちは桜台西自治会に自治会案を受け入れたと報告した。すると桜台西自治会は、これで基本設計が出来たのだから、これから数ヶ月かけて、細部の設計を摘めて行こうと言った。どこまで時間稼ぎをしゃがるのかと、またもや俊平は立腹だった。三月の説明会の日が決められた。

二月の二十四日、名古屋の中村商事が急に大阪にやってきて、龍平に今夜ミナミで飲みたいから俺に付き合えと言って来た。
明日は中村商事の手形決済日で、いつもならそんな前日に大阪で飲もうなんて言う社長じゃなかった。
龍平は「明日は手形決済日だと言うのに、今月は随分余裕なんですね」
「手形決済か、あんなの銀行に任せておけば良いのさ」と中村社長はやけ気味に答えた。
龍平は中村が言った意味が掴めずにいた。
その夜は普段よりも早いペースで中村は酒を飲んだ。

そして奇妙なことを言い出した。
「龍平さん。資金繰りの問題が一挙に解決する方法があるんや。ある元大蔵省造幣局に勤めた人が、広い土地を持って何十年と事業を続ける製造業者に限って、十億から百億まで無利子で貸して良いという話があるのや。龍平さんの会社ならその対象になると思って、この話、乗ってくれないやろか。損する話やないと思うんや。うまく何十億か借りられたら、ちょっとだけで良いから儂にも回してもらおう思って、この話してるんや」
龍平はぎょっとなった。往時、この手の事件が散発していた。大金が送金される前日になって、相手は急に証拠金をいくらかそちらから先に入れてくれるのが条件になったと言い出すのである。何十億も明日入るのだから、一千万円くらいの証拠金は出しても良い、それもたった一晩だけのことやと思って、一千万円送金したら、途端に相手は全員いなくなるという寸法だ。
「中村社長、何言っているの。今日は飲みすぎて酔っ払っているのと違うんですか。ご免ね。今の話は聴かなかったことにするから」と龍平は冷たく交わした。
中村は普段とは違って、その日はまったく常軌を逸していた。
中村を堺筋のホテルに送って行った後、龍平は中村商事との取引を今すぐ停止しなければと思う。
しかし債権残高は二千五百万円。明日の手形決済が事故なく完了すれば、二千万円。
三月は何を言われても、中村商事との商売をしてはならないと龍平は決意した。
翌日、中村商事の手形は決済された。

三月に入ったある日、龍平は高崎商店の社長に電話を入れる。
二月末時点で預かりの商品は総て高崎商店に引き取られていた。
勿論龍平はこの社長と会ったことがない。ただ共に名古屋の中村社長と親しく付き合ってきたことには間違いはない。
龍平は自分の目から見て、中村社長の様子がおかしいと感ずることを訴えた。先方は大きく溜息をついた。先方も同じように中村社長を心配している。
「すみません。そういう訳で、三月の私共の敷布団の発注を止めてほしいのです。三月二十五日が何も事故無く過ぎたなら、改めて発注して下さい」
「うん、分かった。君の勘を信じよう。もしもこの二十五日に事故が発生したらどうする」
「その時は私共に直接発注して下さい。商品は作ってありますから何時でも出荷できます」

三月に入っても、桜台西自治会と霊園設計を巡って話し合いは続いた。このペースでは協定書を交わすのは四月か五月になりそうだ。
中村商事から連絡が入る。高崎商店では指圧敷布団の動きが悪く、三月いっぱいは新たな注文を保留し様子を見たいそうだ、だから今月は買うものはないかもしれないと言って来た、それは龍平から高崎商店に頼んだことだ。
しかし三月二十日になるとに、中村社長は野須川寝具の指圧型敷布団を、大阪のテレビ局のテレビショッピングにかけることになったと連絡してきた。

放映日は三月二十四日と決まる。前夜テレビ局に商品を持ち込み、局のスタッフに何度も何度も敷布団の特徴を説明した。
本番の日が来た。反響は少なめだったが。二百本近くは注文が来た。
龍平はここは時間を稼ぐ時だと、局には商品を作るのに数日はかかりますと断ってその場を後にする。
その夜も中村社長は大阪に泊まった。
そして明くる日の朝、中村社長は名古屋には帰らず、行き先も告げずに行方不明になった。
三月二十五日午後三時、中村商事の取引銀行である名古屋の地銀は、社長と連絡がつかぬまま、当座預金の不足で手形不渡りとすることに決定した。
野須川商店にも、中村商事の手形を割っていたなみはや銀行や、その手形を回していた生地問屋から、一斉に手形不渡りの通報が入った。
龍平は直ちに名古屋に飛んだ。
今池の中村商事に着いてみると百名を超える債権者が押し寄せていた。昼間行方不明だった中村社長も会社に戻っている。
聴くところでは、中村商事はこの数年間、毎月資金不足が発生し、決済日になって取引銀行がその都度融資を実行してことなきを得てきたが、中村社長の方が毎月の交渉に疲れ果て、前月は交渉すらすっぽかしたのを取引銀行の判断でことなきを得たものの、今月も同じように決済当日に行方不明をやってしまう社長を、銀行は腹を括って突き放したのだった。   
龍平の債権二千万円は債務でもあった。しかも待ったなしで龍平が銀行と生地問屋に弁償しなければならない。                                                                 

第十章(最終章) 自分が変われば世界が変わる その⑤に続く